左派の自滅とそれを笑っていられない右派

 左派の自滅とそれを笑っていられない右派

 

 鏡のように右も左も自滅的言動が溢れている。

 

 両派とも自己矛盾的言動が多くなり首尾一貫した整合性のある言動をとることがなかなかなくなっている。

 

 まるで左派が右派のような言動・行動をとり右派がまるで左派の様に振る舞いお互いに自己矛盾を露呈する・・・。

 

 

 少し古いが面白い例をあげよう

 

https://www.amazon.co.jp/%E4%BA%BA%E9%96%93%E7%A0%B4%E5%A3%8A%E5%88%97%E5%B3%B6-%E6%96%8E%E8%97%A4-%E8%B2%B4%E7%94%B7/dp/4884663608

 

 左派系の著作である。らしさ満点の齋藤貴男著「人間破壊列島」である。

 

 タイトル通りの(苦笑)な著作だがそれでも著者は自身の古巣批判、左派系メディア批判もしているので、単なる党派的書物ではないといえる。

 

 「誰だ?自由を殺す者は、人間の尊厳を侵す者は。時代の風に抗って屹立するジャーナリスト魂が炸裂する渾身のエッセイ&ルポルタージュ。「禁煙ファシズム」の狂気収録。」が書籍の説明である。

 

 ここで面白い(?)なのが、有る左派系新聞に広告を出したある書籍を絶版、版元の著者を追いつめて米国に有った当該書籍執筆者自称研究所を廃止に追い込んだ件である。

 

 一言でいえば、障害をテーマにした書籍であったが、その内容が差別的として、障碍者団体と一緒に圧力をかけて潰した、というものである。

 

 ちなみに、広告を掲載した左派系新聞にも苦情を書いている。

 

 一応、ある程度まともな体裁をとっているだけあって、相手方とのメールやり取りで、①相手方も障碍者である旨の主張が有ったこと、②齋藤氏の感覚として相手方が障碍者であることは確からしかったことは記載されており、③相手方はややセンセーショナルではあったが当該障碍について、広めようという意識が有ったことの報告がされている点は幸いである。

 が・・・、

 「誰だ?自由を殺す者は」て、上の行動は著者人身だろうと突っ込みを入れたくなる。

 

 恐らく「人間の尊厳を侵す者」ということで、障碍者差別だから弾圧するということなのだろうが、研究所つぶしや、相手方も障碍者らしいにもかかわらず抗議を送り付けて当該書籍を絶版に追い込む行為が「人間の尊厳を守る者」のすることであろうか?

 

 党派的でないだけまともであるが、敵認定した人間に人権は無いというような振る舞いは本来的左派思想と離れるし、何よりタイトル通りの「人間破壊」をしているのはどちらかということとなる。

 

 勿論、差別的書籍、ようは今風に言うとヘイト本が発売されるような国だから「人間破壊列島」だという主張であろうし、ヘイト本を記載する人間に社会的制裁を加えなくては平穏な社会は守れない、という路線での論はありうる。

 

 しかし、ヘイト本との認定は難しい上慎重であるべきで、障碍者団体の意向等々のみをもって容易に発禁状態にするべきとは言い難い。

 

 少なくとも表現の自由に関して同様の観点からこれらを表現の自由から排すべきという意見はあるが、外縁の不明確性やどこまで規制すべきかとうとう非常に難しい問題があり、通説的見解とはなっていないとのことである。

 

 そもそもこのような私的制裁による絶版が当然となると、圧力戦になり、自由は大幅に損なわれる。気に食わない相手に対してヘイト本とレッテルを張って、絶版謝罪・解散運動を展開すればよいこととなってしまう。

 

 よって、言論は自由であるべきで正しくない言論には言論で対抗する姿勢が本来的左派(むしろ右派は検閲の理論や「正しい」ものを特定できるとしがちなので、それに反するものをとりしまうことはOKという見解になりやすい)である。

 

 一部の人間にとって問題がある表現物だからと言って安易に潰すべきとは言い難いだろう。特に左派的にはこれは重要なはずである。

 

 それにも関わらず、上記では嬉々として絶版・謝罪、研究所閉鎖に追い込んだことを報告されており、この結末が大変よかった(齋藤氏らの活動で、ヘイト本を駆逐したが、今後もまたありそうで心配だ。とりあえず一度下火になってよかったという趣旨であった)趣旨がある。

 

 絶版で既に研究所も閉鎖されているのでどんなヘイト本とヘイト的研究がなされていたかは現在不明である(というか、どうも記述内容的に勝手にアメリカで研究所を名乗っていただけで、内容は無い、ある本人も障害持ちの日系人が障害啓発を目的としての活動だったが、行き過ぎた内容だっただけのようであるが・・・)。よほど弁明の余地のないほど当該障害をヘイトする内容だった可能性もあるのでうかつに擁護はできないが、私的圧力で潰すのはかなり問題があると思われる。

またそれほどひどいものであるならば裁判による正当な人格権の毀損、それに伴う差止めを求める方法もありえた。

 またこのような行動の方がかえって当該障碍者団体に不利な風評、最近よく見かけられる陰謀論的内容、権力との結びつき、あるいはその障害が不可視領域に押し込まれるといった問題も生じかねない。

 係ると潰されるという状態は不健全である。

 

 オープンスタンスで対応するべきで、こういう対処法は妥当とは思えない。

 

 が、なぜかそういう行動と、挙句の果てに書籍にてわざわざそれの詳細を記して発売してしまう。

 というか、そういう問題に思い至っていないといえる。

 

 こういう左派の自己矛盾を揶揄、あるいは反発により右派は興隆してきた。

 これはある意味当然といえるが、逆に右派はこのような左派の「可笑しさ」を笑うばかりで自分たちの方はどうか?というのが消えがちであった。

 

 いや、右派も左派以上に自滅的・自己矛盾的で、左派を建設的でないと批判する割に、自分たちの方が建設的でないことの方が多い。

 

  今回は左派をとりあげたが似たような例が右派側には散見される。それどころかまだ主張があればましであるが、単なる左派の揶揄やヘイトで終わっており、こんなことをしていても何ら前には進めないし、そのうち左派に盛り返されるだろう。

 

 右派こそ、首尾一貫したきちんとした理論体系を整え、いい加減、左派の悪口に終始するスタイルを改めるべきである。